選ばれし者は牛になる。
私の街にも牛が居て、神殿で飼われていた。
聖なる牛には“妻”と呼ばれる巫女が付く。
巫女の名をユーファンドラと言う。
牛はかつて私の友人だった男で、ユーファンドラもまた、幼馴染みだった。
牛となった友人と私は今は巫女となったユーファンドラを巡って様々な面で競い合っていた。
彼女が巫女となってからは、彼の目的は牛に選ばれることとなった。
友人は日々精進し、身を清め、神殿に寄付をし、奉仕活動にいそしみ、そして、牛となった。
牛となったとはいえ、永年の憧れの少女を射止めた友人が少し羨ましかったこともまた、事実だ。
ある日、神託がおり、私は牛に選ばれた。
その基準は明かではないが、神に選ばれ牛になることは大いなる名誉であり、喜びとされている。
神託は町中に張り出され、私は喜びと祝福と共に神殿へ上った。
神殿では身を清め、一月の間に儀式に参加する様に、と言われ、牛になるための生活が始まった。
神官達と同じ精進料理を食べ、湯と水による禊ぎが行われ、瞑想し、心身ともに汚れを落としてゆくのだ。
その間、ユーファンドラが世話係の一人となった。
彼女が神殿にあがってからはあまり話をする機会もなかったので、つもる話もあり有意義な日々ともいえた。
しかし、そんな日々は長くは続かない。
私は、一月の内に身と心を清め、牛にならねばならない。
牛になった私の妻がユーファンドラとは限らないが、そうであれば嬉しいと思い、精進することにした。
そして、準備が整い、いよいよ私が牛となる日が来た。
聖水で身を清め、神殿の奥へ向かう。
儀式の間にはこの日のために、私のために用意されたバタースープが用意されていた。
聖なる動物である牛からの恵みであるバターを使ったスープだ。
このスープを飲むと私は牛になるという。
覚悟を決め、ユーファンドラへの未練を断ち切り、私はバタースープに口をつけた。
そして、何も起こらなかった。
神官の一人が歩み寄り私にビジョンを授けた。
汚染され腐敗した海に聖なるタマネギが浮かんでいる。
これが世界である。
タマネギは世界であり創造主の姿だという。
牛となれなかった者は、この汚れた海を最後の一滴までも清め、世界と神を救う使命を与えられるという。
部屋に戻された私は一人考えていた。
聖なるタマネギ、そして選ばれ、牛となった友人。
いったいどういうことなのだろう?
祭りは明日へ延期となった。本来であれば牛となった私を迎え祝福する祭りだ。
であれば、翌日の祭りはいったい何のための祭りだろう。
窓から見下ろす街ではせっかちな民がすでに騒ぎを始めている。
ふと人の気配を感じ振り返ると、果たしてそこには美しきユーファンドラが立っていた。
「驚いたでしょう。これがこの街の真実よ。貴方は明日には発たねばならない、なら、最後に…… 」
永年、夢に見続けた現実がそこにはあった。だからといってなんだというのだろう。
「ユーファンドラ、此処を出よう。世界の果てへ、腐ったタマネギも、牛も居ないところまで逃げよう」
あまりのむなしさにそうささやいていた。ぬれた瞳で彼女はしかし首を振った。
「此処は私の生きる場所、そして、護るべき聖域。そして何より、私と彼にとって、ただ一つの安息の地」
「ならば、私は逃げる。地に潜り、人に紛れ、再び君を迎えに来る」
「貴方はきっと迎えに来ない、どこかに真実を見つけてしまうでしょう。そこが貴方にとっての安息の地」
こうして私は夜のとばりと祭りの喧噪に紛れ彼の地から遠く離れた街に落ち着いた。
風の噂では、遠き故郷では聖なる二頭の牛が神殿で暮らしているということだ。